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読み札解説「る」

瑠璃色の空 向日葵と 朝穂堰
るりいろのそら ひまわりと ちょうほせぎ

北杜市明野町の向日葵畑

住んでいる者にとっては指摘されるまで気づくこともないかもしれませんが、山梨は晴天の日が多い県なのです。総務省統計局のデータによると2019年の年間日照時間は2216時間で全国1位となっています。ちなみにこの年に日照時間が最も少ない県は意外にも沖縄県で1665時間となっています。その差551時間。仮に日中の時間を12時間とすると山梨は沖縄より年間46日ほど晴れの日が多いことになります。

その山梨の中でも日照時間が長いのが北杜市の明野地区といわれています。吸い込まれるような青空の下、咲き誇る向日葵は夏の山梨の象徴ともいえます。明野地区は茅ヶ岳の裾野に位置していますが、この裾野の末端を塩川が流れているため、年間を通じて川沿いに風が吹き上昇気流が生じにくいことが晴天に繋がっているのではないかといわれています。

地元でも昔から「茅ヶ岳には雲がかからない」といわれていたそうで、北杜市に合併する前の明野村では太陽光に着目したローカルエネルギーの開発を見込んで、昭和55年に明野中学に気象観測所を作り、その管理を気象観測委員会の生徒が行うことになったのです。

早速観測を開始したところ・・・

当時最も日照時間が長いといわれていた富士山頂の2494時間よりか300時間以上も多い年間日照時間2797時間を記録して日本一となったのでした。この委員会の活動は現在までも続き、毎年『明野気象年報』として観測成果を公表しています。

明野中学の生徒の観測結果をまとめた『明野気象年報』

ところでひとくちに青といっても日本語には様々な青がありますが、盛夏の空の色は瑠璃色と呼ぶのが相応しいのではないでしょうか。瑠璃の原石はラピスラズリで産地としてはアフガニスタンが有名です。古来より至高の青色として仏典でも七宝として金銀についで珍重され、正倉院にも古代ペルシャの瑠璃杯(るりのつき)が今に伝わっています。

瑠璃(ラピスラズリ)の原石(右)と研磨品

盛夏の空(北杜市明野町)

さて晴れの日が多いということは一見すると良いことずくめのようですが、それは蛇口をひねれば水が出る現代の話しであって、水道や灌漑が整備される以前は、いくら広大な土地があっても水がないため耕作が出来ずに山林や荒地のままとなっていたのです。

約20万年前に噴火した火山である茅ヶ岳(かやがたけ)の南西に広がる裾野に位置する明野地区は、縄文時代の梅之木遺跡もあり昔より人は住んでいたのですが、沢の水量も少なく時代が下がっても水田や耕地が拓かれることはありませんでした。

梅之木遺跡。背景は八ヶ岳。

しかし現在では青々とした水田が広がっています。これは茅ヶ岳の裾野に開削された朝穂堰という用水路からの水の恵みによるもので、今から380年ほどの昔に、この地に水田を拓こうと決意した住民たちの努力の賜物といえます。総延長約25kmとも言われているこの堰は塩川の上流から水を取り入れ、茅ヶ岳の西の山麓をぐるりと巻くように堰が作られ、今でもこの地に潤いをもたらしています。

朝穂堰開削に尽力した代官 平岡和由・良辰父子の像。浄居寺にお祀りされています。

浄居寺前の水田。朝穂堰の恵みです。

この朝穂堰開削の歴史を少しでも感じてみたくて取水口から終点まで何回かに分けて見に行ったことがあります。取水口の標高が700mであるのに対して終点の標高が590mなので、堰の総延長を25kmとすると100m進むと44cm低くなる、つまり平均0.44%の勾配が保たれていることになります。

対岸が朝穂堰の取水口

地形図を見ると等高線に沿って絶妙に開削されていることが分かります。矢印がないと、流れる方向も分かりません。

工事場所は見晴らしのよい平原ばかりではなく尾根筋を越すには隧道(トンネル)を掘り、また沢を横切る場合は樋を箱状にして横断させたり、一旦沢筋まで水を下ろして、そこからサイホンの原理を用いて再び上げるといった工夫がされています。

樋で沢を横切ります。

特にトンネンルは長いところで500m近いものもあり、工事に携わった農民は落盤の恐怖にさらされながら、まさに命懸けの作業だったことが偲ばれます。現在は三方をコンクリートで固めてあり、開削当時に比べると水の流れも早くなっているそうです。

このように取水口から始まり、或るときは暗いトンネルから轟轟と流れ出で、或るときは集落の中を、或るときは山林や耕地の中をひたすら流れ、場所によっては樋で沢を横切り終点までの水の旅になります。
堰に沿って暮す人々の中には今でもお盆には、ご先祖様は堰から家に戻り、堰から帰るとして迎え火を堰の土手で焚くお宅もあるそうです。

集落の中を流れる朝穂堰。

甲斐駒ヶ岳を背に流れる朝穂堰

朝穂堰と太陽光発電。まさに水と光の恵み。

韮崎市立穂坂小学校にある終点。