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読み札解説「て」

「てっ!」と驚く甲州人
「てっ!」とおどろくこうしゅうじん

©️谷川商事 イラストの無断掲載・再配布は禁じます。

山梨県には方言はあまりないと言われていましたが、どうしてどうしてかなり強烈な方言が残っています。読み札で取り上げた「てっ!」というのは、標準語では「まぁ!」といったところでしょうか。文法的には感嘆詞となります。

例えば「てっ!いいもんがあるじゃんけ」というのは、標準語に言い換えると「まぁ、良いものがありますね」となります。また「てっ!」は好ましい場合や良い状態を表すだけでなく、悪いことや良くないことに接した場合も思わず口にしてしまいます。

子供「タカシ君のお兄ちゃんは中学生なのにタバコ吸っていたよ」
母親「てっ!困ったボコだよぉ」

という具合です。ちなみにボコというのは甲州弁で子供のことを言います。

近年で甲州弁が注目されたのが、NHKの朝の連続ドラマ小説『花子とアン』でしょう。これは甲府市出身で『赤毛のアン』の翻訳者である村岡花子の物語で、花子が幼い時期に過ごした山梨での話し言葉が使われていました。

村岡花子の通勤路近くに設置された案内板(甲府市北口)

「こぴっとしろし!」や「ちょびちょびしちょし!」といった荒っぽい言葉だけでなく「いいさよぉ~」といった癒し効果のある言葉など、あまり知られていなかった甲州弁が全国区になったのでした。

また方言というのは、その土地の人々の生活や気質と切り離しては存在できないのですから、甲州弁には甲州人の気質が盛り込まれているといえます。いわゆる県民性というものです。

もう何年前のことか、またどの本で読んだのか、はたまた私の頭の中で何か別の話と混同しているかもしれませんが、夏目漱石が第五高等学校(現熊本大学)の教師として赴任するときに知人の誰かに「教師が手を焼く学校は五高と甲府中学が双璧だ。ここで教師ができれば一人前だ」というようなことを言われたという話を読んだ記憶があります。事実「そ」の札で紹介した石橋湛山が在籍していた頃の甲府中学は鹿児島中学、宮崎中学とともに「天下の三難中」とも呼ばれ普通の校長では治まらないとまで言われていたようです。つまり教師から見れば生意気、小憎らしい、一筋縄ではいかないといった感じでしょうか。ただ反対の視点に立てば、物おじしない、言うべきことは言う、しぶとい、と評価することも出来ます。

実はこうした要素をほぼ盛り込み、ひとことで言い表した甲州弁があります。それが「しわい」です。意外なことに広辞苑にも載っているのですが、「けち、しみったれだ」といった経済的な面のみしか光を当てていません。山梨における「しわい」の意味は「憎まれっ子 世にはばかる」に近い感じで、たとえ悪評が立つことがあったり、ときに他人を踏み台にしても、のし上がり逞しく生き抜くバイタリティを現しているともいえます。なお「しわい」は大人が子供に対して使うだけではなく、大人の人間関係の中でも使います。

こうした単語だけでなく、県外から山梨県に来た方には、どうも「○○しろし」「○○しちょし」という甲州弁独特の語尾が、どちらが肯定でどちらが否定か分かりにくいと感じるようです。

上の写真の看板の「よってけし」の「し」は好意的・友好的な勧誘を意味します。畑で獲れたブドウや野菜を持ってきてくれた親戚に家に上ってお茶を勧めるときなど「まあまあ、寄ってけし。お茶でも飲んでけし」という具合に使います。この看板だと「本栖湖に寄っていきなよ~」という感じです。

その反対に否定する場合は語尾が「ちょし」になります。上の写真の「もう吸っちょし」を強いて標準語にすれば「もう吸わないようにね」という柔らかいニュアンスが含まれます。強い否定の場合は「し」を略して「もう吸っちょ!」となり「もう吸うな!」という否定の強い命令形になります。

信玄公に「吸っちょ!」と言われるのは仕方ないとしても、「もう吸っちょし」と静かに優しく言われたらどんなヘビースモーカーでも禁煙するかもしれません。